大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 昭和31年(家)3322号 審判

申立人 本田とみ(仮名)

相手方 本田隆(仮名)

主文

相手方は申立人に対して婚姻費用の分担として左の金員を支払うべし。

(一)  金三万五千円

(二)  昭和三十一年四月以降毎月十日及び二十五日の両回に各回金八千円宛(一ヶ月合計金一万六千円)

理由

申立人と相手方は昭和八年○○月○日正式に婚姻し、その間に六人の子女を儲けたものであるが、相手方は昭和三十年○月初頃より申立人を遺棄し、木村由子という婦人と同棲していて、申立人及びその間の子女の養育をしないものである。尚当事者間の子女六名の内長女(昭和○年生)は相手方同様に○議院に、次女(昭和○年生)は○○デパートに、長男(昭和○年生)は製菓会社に勤務し月収夫々六、七千円前後を得ているものであるが、参女(昭和○○年生)は夜間高校に在学し、昼間はアルバイトにて約三千円の月収を得て居り、次男(昭和○○年生)は中学二年に在学中であり、参男(昭和○○年生)は本年四月小学校入学の予定の児童である。尚長女は月収の内若干を申立人等の家計の一部に提供しているけれども、次女、長男の収入は夫々自己の生活費に尚不足勝であり、参女以下は何れも申立人と同様相手方よりの扶助を必要とするものである。

申立人は健康的に別段の症状はないが、子女の世話という家事労働と、特技のない為に特に収入を得ることができない次第であつて、今日までの生活は義弟からの援助等に依存してきたものであるから、目下義弟その他に対する借金三万円前後の未払があるものである。

相手方は○○院参事として同院○○課に勤務し、十級の○号の俸給を受けているものであるから、家族手当、勤務地手当、超過勤務手当を合計すれば月収三万五、六千円程度(昭和三十一年二月分の支給額合計四五、九〇七円、諸税、掛金二、四八〇円、差引三六、〇四〇円である)であるが、昭和三十年五月頃以降は相手方は同年年末に一万五千円、昭和三十一年二月に五千円を申立人に交付しただけであつて、それ以外に婚姻費用の分担をしないものである。尚木村由子は当二十三歳であつて、○○図書館内○○に勤務し、月収五千円を得ており、新宿区内に六畳の間借して相手方と同棲しているものである。

右の事情であるから、諸般の事情に徴して婚姻費用の分担として相手方をして申立人及びその間の未成熟子の全生活費を申立人に対して支出せしめるを相当とするに拘らず、相手方は過去半年間以上に亘つて前述のように僅少の生活費を分担支出したにすぎなかつたため、申立人は他より生活費を金借し、又日常生活用品を掛買して生活してきた結果、目下これらの未払金の支払等のため一時金を必要とすると解し、相手方をして申立人に対して主文のように即金三万五千円と昭和三十年四月以降毎月一万六千円を申立人及びその間の未成熟子の生活費として分担支出せしめるように婚姻費用の分担を定めるを相当とする。

或は本件において申立人は昭和三十年五月来相手方に対して婚姻費用の分担を請求しており、その間今日まで相手方は前述のように僅に二万円程度の内入分担をしたのにすぎないのであるから、その余の分担費用即ち所謂申立人が請求した以降本審判までの間の過去の婚姻費用(所謂過去の扶養料)についてその全額に対する申立人の請求が認められて然るべきでないかの疑問が生ずるし、且又広く民法学者もこれを肯認しているところである。しかし乍ら過去の婚姻費用、扶養料等額は本件の如く俸給生活者の例においてはその必要とすべかりし一ヶ月の婚姻費用扶養料等額と不履行月数の乗ではない。蓋し若し扶養とか婚姻費用の分担等の義務者において当初の月に不履行があれば次の月においては権利者はその請求債権を取得することになり、若し権利者が生活費の切下等によつて生活してきたときには、前月の未収受分相当の債権を取得する結果それだけ権利者の資産が増え、従つて次の月における義務者の分担分は前月に比し減少することになるので、結局過去の扶養料等の合計額は常に権利者が当面の生活を維持するに足る以上の金額に出ることはない。従つて本件においては前述の如く当面の生活費として金三万五千円を相当とする。

次に過去の婚姻費用の扶養料等を審判手続にて請求できるであろうかの疑問が生ずる。それは扶養等(以下婚姻費用の分担を含める)は絶対的定期給付義務であつて過去の生活を扶養等することは不可能に属し、従つて過去の扶養料等ということは揚害賠償債権に転化するものである。而して扶養料に関して家事審判法上の乙類審判事項として家庭裁判所の裁判権の対象となるのは審判時以降の将来に対する扶養等の処分であつて、過去の扶養料等の数額の確定は審判事項ではない。蓋し乙類審判事項は将来に対する形成処分に限られ過去から現在に至る扶養料額等の確定即ち損害賠償債権の存否並にその範囲の確認ということは訴訟事項であつて審判事項でないからである。唯過去の扶養料等も家庭裁判所の審判による将来の扶養処分において、過去の扶養状況ということが将来の扶養料額決定についての斟酌事情とされる結果、本件の如く審判手続にて事実上請求されることになるけれども、それはあくまでも将来の扶養処分の形成としてであつて、過去の延滞扶養料額がそのまま審判手続にて請求されるものではない。

以上の理由に基き主文の如く審判する。

(家事審判官 村崎満)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例